ご相談・ご予約はお気軽にLINEから

心が壊れる時、人は目から死んでいく

性のことを扱っていると、いろいろな方から、いろいろな内容の相談をしていただくことがあります。

そしてそのどれもが、聞いているだけでもとてもつらい。時には、もうほんとにお相手の心が壊れてしまいそうなぐらいに切迫した状況なのだと感じることもあります。

縁があって、愛し合って、親しくなったふたりが、どうしてこんなことになるんだろうと、人間関係の難しさをいつも思います。

先日、この記事を読みました。

とても勇気のある女性だと感じました。

どの部分も心に響きますが、特にわたしが印象に残ったのはここ。

”「性暴力は何に対する罪なのか」、考えてみてください。
私は、性暴力とはひとりの人間から尊厳を奪う、意思を持った一人の人間を、ただの女あるいは男として、暴力の対象として、支配欲のはけ口として記号に押し込め、人格を深く傷つける、そういった罪だと考えています。

性暴力は「兵器」です。性暴力が、戦争で戦略的に使われるものだとご存じでしょうか?

なぜ戦争で使われるのか、それは「性暴力が、敵の民族をただ虐殺する以上に、民族としての尊厳の部分から深く傷つけ、すべてを奪い支配することのできる手段だからです。」

性暴力は、ある人間の人格も変えます。ある人間を性的に虐待し、意思を奪い支配すれば、その人間を悪魔にも変えられるのです。”

もちろんこの女性が訴えたいのは、性暴力についてなのですが、わたしはもう少し広い意味で、「暴力」そのものにおいても、あてはまることだと思いました。

人は、なぜ暴力をふるうのか?

少し前だと、ウィルスミスの平手打ちのニュースがあり、その行動に賛否がありました。

言葉だって暴力だから、物理的にやり返したっていい。むしろあそこで怒りを見せることが大事だ。

そういう意見を、わたしも目にしました。

わたしは、個人的には、暴力がない世界にいきたいんです。

性暴力だけでなく、暴力は、相手の尊厳を奪い、傷つけます。

暴力に長期間さらされた人間は、しだいに生きる気力をなくします。だってまた殴られるから。どんなに楽しいことがあったって、また殴られるたびに、世界は輝きを失うんです。

これは物理的に、だけではない。
言葉の凶器も、冷たい目線も、嘲笑も、馬鹿にした態度も、だれかをいじめる手段になります。

恋人同士や夫婦、近い関係になればなるほど、

「相手なら自分のことをわかってくれるだろう」

という想いが強くなります。

そして、それはそのうちエスカレートして、

どうして相手は自分の思い通りにならないんだ?どうして相手は自分のことをわかってくれないんだ?

という怒りに変わることがあります。

怒りは、正当に使えばとても有意義な感情です。行動するための熱源になります。

でも、人に怒りを向ける、そしてそれを態度にあらわすということは、やはり時には暴力になる可能性がある。

本当は、だれかが怒っていても、何をしていても、自分はそれとは関係なく、自分のたのしいことだけをして、暮らしていけたら健康的なんですよね。

でもなぜか世の中には、

「あいつが楽しそうにしているのは気に入らない」

「自分が不幸なのはあいつのせいだ」

「自分は今、不機嫌だ。お前が(自分の)機嫌をとれ」

こう考える人がいます。

こういう人たちは、攻撃をします。ためらいなく、相手に暴力をふりかざします。(物理的ではなくとも)

相手を弱らせて、相手の生きる気力を奪い、それを日常的におこなうことで、もはや罪の意識もめばえない。

「お前が弱いから、勝手にしんどくなってるんだろ。わたしは普通のことを言ってるだけだ」

おそらくそんなふうに思っているんだと思う。

性のお悩みというのは、ほぼ確実に、他者の存在があります。

相手との関係に悩んでいたり、
自分に自信がもてなくて、人と接するのが苦手だったり。

だから、自分のこころをどう持つか、
相手にどれぐらい表明するか、
そのうえで相手とどういうふうにやっていくか、考えることがたくさんあります。

相手にいじめられているからといって、
あなたまで、自分をいじめてしまうことがないようにしてほしい。

あなたは、生きているだけでとても素晴らしい存在のはずです。

おいしくご飯を食べたり、おふとんでぐっすり眠ったり、楽しいことでケタケタと笑う、そんな当たり前のことができなくなってしまうのは、おかしい。

もしあなたが、誰かに攻撃されて嫌な気分になって、こんな当たり前のこともできなくなっているのなら、なんとかしてその人から離れてほしい。

この記事の女性のように、裁判まですすむことは、みんなができることではありません。わたしのこの方の勇気を、心の底から尊敬します。

だけど、人の尊厳って、やはり最後に守るのは自分なのだと思う。

この方のようなレジリエンス能力を、できれば誰もが獲得できればいいのだと思う。

ずっと行われる暴力に、慣れないでほしい。

いやなものはいやだと、
だめなものはだめだと、
しっかり相手に表明して、

それでもだめなら、離れる。

そして「やめてください」という言葉を使われたら、自分の行動を停止するべきだ、という基本的なことを学ばないまま大人になった人には、もう一度、性教育を勉強しなおしてほしい。

からだのつくりとか、そういうことじゃなくて、
人のこころの部分。相手がいやがることはしない、っていう3歳でもわかる部分。

世の中から、近い間柄の人に暴力をふるう人間が減ることを、いつも祈っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次
閉じる